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2011年11月10日木曜日

『資本論』の前に #3

前回からだいぶ間があいてしまいました。書くことでもないようなことを勉強していたので、書かなかったのですが
まだ資本論の前にが途中だったので続きを書くとします。


ちなみに、最近はミルの自由論を読んでいます。眠い眠い。1度読んだだけでは内容が把握できません。
ジョン・スチュワート・ミル[wikiより]
これについては、何度か読んでから書き記そうと思います。

あとは、英語をちょろちょろとやっています。受験で使うような英語をみっちりやってるわけではなくて、実際に使えそうだなという感じのものをやっています。英語で日記書いたりとか、英文を読んでネイティブにいろいろ評価してもらったりなんだりと。。。
他には、知らないことをひたすら調べたり、課題を処理したりですね。卒論に一切手をつけていないです。割と本気でやばいですね。


では本題へ。

  • 商品社会と資本主義
  • 使用価値と交換価値
  • 労働価値説
  • 貨幣の出現
以上の4点に触れていきます。


  • 商品社会と資本主義
資本主義はもうわかるよね、要はお金をいっぱい稼ごうという社会だね。お金を儲けるためにはなにをすればいいんだろうか。
  • 商品を生産
  • 生産した商品の販売
これをすることで、売り上げが出るわけです。私たちが住んでるこの世界では、ほぼすべてのものが商品なんですね。ただでもらったものもあるでしょう。でもきっとそれはどこかで生産されて売られていたものかもしれない。つまりこの世界は商品の集合体であるということです。

前回にも説明しましたが、私たち自身も商品なんですよね。資本論の中では、”社会の富は巨大な商品の集合体”であるといっています。そのため、研究はその商品の分析からするようです。

さて、商品って売り物ですよね。つまり誰かが買うわけです。誰が買いますか?それはもちろん、それを必要としている人が買うのです。商品を買い使う人、消費者にとっては、価値があるものです。だからこそ購入するわけです。簡単なことですが、覚えておきましょう。



  • 使用価値と交換価値
現代社会にももちろんありますが、昔はとくに、物々交換があたりまえでした。貨幣のない時代には、稲や、貝、塩などと引き換えに必需品を手に入れていたわけです。

着物と洋服を交換していたかもしれません。食べ物と物珍しいものを交換していたかもしれません。なぜ交換することが出来るのでしょうか。

それはつまり、その交換相手にとって、その商品に価値がある、つまり欲求を満たすのに使うことが出来るものだからです。使用価値がある、ということです。

そして、その使用価値があるからこそ、”交換価値”も存在するわけですね。それぞれの物の使用価値の大きさは違いますね。例えば、最新型で故障のないパソコンと、リンゴ1個を交換してくれますか?

99%交換してくれませんね。特殊なケースを除けばですけどね。特殊なケースについては税法なんかを勉強してみるとわかるかもしれません。

にしても、例えば、最新刊の雑誌1冊と、過去に出た雑誌5冊で交換なんてことはできそうですよね。さらに、それらを学校で使うテキストと交換してもらえそうですね。このように、商品に使用価値があることで、どんどん交換をしていくことが出来ます。
A商品・X量= B商品・Y量 = C商品・Z量
こんな関係も成り立ちますよね。量を考えてみれば、交換できるんじゃないかってことです。これも実際の生活で想像しやすいかもしれません。

のちの貨幣の出現の話にもつながるのですが、量だけでは成り立たないこともあると思います。例えば、缶詰100缶と、牛乳100本。一般家庭において、賞味期限が切れやすい牛乳と缶詰を交換できるでしょうか。価値がその時は釣り合ったとしても、時間の経過により牛乳や生鮮食品は価値が落ちてしまいますよね。これが交換しにくいケースです。そこで、やはり腐らないものが必要になってくるわけですね。



  • 労働価値説
マルクスは、おおよそのものが=でつなげることが出来るのならば、そこに”共通の何か”があるのではないかと思ったわけです。なんでしょうか。

どれも価値がありますよね。さらに、その価値はいったいどうやって生み出されるのでしょうか。

労働することによって、商品が生まれるんですよね。つまりすべてのものには労働によるものなんです。

使用価値または財は、抽象的に人間的な労働がその中に対象化されている、あるいは受肉しているからこそ価値を持つ。

と書いています。人間の労働が使用価値に含まれているということです。労働によって、商品という"形”になっているということです。労働がないと商品が生まれないですね。商品の根本には労働があるため、労働によって商品の価値が決まるとしています。こういうのを労働価値説と言います。

労働価値説は覚えておいてください。労働によって、商品価値が決まるのです。難しいことはありません。量産しているものと、職人が手間をかけて作っているものは値段が違いますよね。

たくさん作れるということは、商品一つあたりの生産時間が短いということですね。さらに労働者の負担は軽いでしょう。なぜなら機械を使用するからです。

反対にオーダーメイド、ハンドメイドのものは高いですよね。これは一つのものを作り上げるのにとても時間がかかるからです。それだけの労働を一つの商品につぎ込んでいるわけですから高いのです。

労働時間が商品価値を左右するということですね。この労働時間は社会全体における平均的な労働時間のことなので、ちんたらやっていることころがあったとしても、個別にそこだけを指すものではありません。

安いものは時間がかかっていないということだとマルクスは考えています。

そして、使用価値というのは、社会的価値がないといけないのです。つまり自分にとってだけ意味があるものでは売れないということです。誰かのための使用価値を生産しなくては商品にならないんですね。

だから売れるものを作る、というのは自分が使いたいものを作るとは違ってくるわけです。もちろん生産者も一消費者なので一致するところはありますが。

資本主義社会では儲けることが大事です。つまり"商品"を売るんです。それは誰かのために価値があるものをつくり売っているということです。仕事をしている限り、そこに仕事が存在する限り、それは誰かにとって価値があり、もとめられているということなんです。




  • 貨幣の出現
使用価値と交換価値の最後に書きましたが、腐らないものというのが必要になったんですね。腐らずに価値を保てるようなものが必要となってきたんです。貝という言葉がお金を示しているのは知ってますよね。あるところでは塩が給料のところもありました。サラリウムといってね。これがいわゆるサラリーですね。

昔は、塩や稲が欠かせないものでした。もちろん現代もですが、当時は特に。まず筆頭に挙がってくるものが食糧ですね。これが貨幣の代わりだったわけです。

でも、なにかを買いにいくのに、大量の塩や稲を持ち歩くことなんてできませんよね。疲れるし。そこで、少量で価値のある金が登場します。さらに汚れにくく壊れにくいのです。そのため、金比較と各商品を比較していくようになります。

すべてのものと貨幣は交換できますね。商品はお金でかうでしょう?貨幣を共通の価値形態としていたようです。


ちょっと長くなってしまいました。次は、内容を2点くらいにしぼって書いていきます。つぎは
  • 貨幣から紙幣へ
  • 金本位制
この2点について書こうと思います。

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